山陽本線

#6


山陽本線:厚狭-埴生/3835M普通:クモハ123-6(U17編成)+105系U05編成
宇部への行き掛けの駄賃に3835Mを前回と同じく埴生のストレートで狙った。今回は接近戦に挑んだが、線路際の雑草をクリアするために広角を選択せざるを得なかった。ただ、この日は冬らしい真っ青でクリアな空が広がっており、願ったりかなったりといったところ。さらにやってきたのは側窓2枚のクモハ123-6。前パンを振りかざして走る姿を伸びやかに捉えられた。

とらのあな


山陽本線:小野田-宇部/5056レ:EF66 27+コキ17両
山陽本線はそのほとんどがタイガーロープの前に膝を屈して、かつての名撮影地はことごとく潰えている。被写体の方は少しばかり残っており、今回はその筆頭株を宇部駅先で捉えた。九州からはるばる駅先くんだりに出向くのは気乗りしなかったが、前述の理由で他に有力な候補も見つからなかった。消極的な選択は事実としてもEF66 27との再会は久々のことで、加えてシャッターを切った直後に印象的な短急汽笛一声。冬至間近の光を浴びたその姿はなかなかにかっこよかった。

西端


山陽本線:幡生-下関(幡生機関区)/3333M普通:115系2連

花形仕業


山陽本線:厚狭-埴生/3835M普通:クモハ123-3(U14編成)+105系U02編成
普段は単行で宇部小野田界隈をうろつくクモハ123にも山陽本線の運用があり、105系を従えて本線列車の先頭に立つ。ただ午前中の西行とあって順光になるポイントはだいぶ限られており、選択の余地のないままに埴生のストレートに行ってみれば確保できたスパンはちょうど3両分だった。足回りをクリアにするために線路から離れたおかげで側面の違いが際立つ結果となり、荷物車連結の普通列車といった風情に仕上がった。

黄色の時代


山陽本線:大竹-和木/1557M普通:115系3000番台N11編成
広島周辺では227系が破竹の勢いで増えて、黄色い電車の牙城を脅かしている。さすがに115系の姿を見ないということはないが、タイガーロープで写欲が湧かないなんて贅沢はもう言っていられない。すっきりしたストレートを探し求めて向かった先は山口県境の小瀬川鉄橋。2扉黄色の山陽らしいスタイルの115系は、春めきながらもまだまだ鋭い陽射しを受けて走ってきた。

PF+8 Carriages


山陽本線:神代-大畠/9023レ「特別なトワイライトエクスプレス」:EF65 1128+24系25型改客8連
すっかり山陽路が板についてきたトワイライトを狙って大畠の俯瞰に出向いた。もともとは引きで構図を組むつもりだったが、冬枯れともやった空気のダブルパンチにあえなく降参。代わって400mmでサイドビューを狙うことにした。穏やかな水道越しに見るPFと8連の客車の組み合わせは、485系を挟んでいるあたりが「なは」に通じるものがあってどこか懐かしい感じがあった。

古色蒼然・山陽本線

北陸新幹線開業に伴う並行在来線の3セク化という変革があと5日後に迫っている。新幹線の開業とともに繰り返されてきた構図だが、今から40年前には山陽本線が同じ顛末を辿った。山口県内を見てみると現行ダイヤではだいたい40分おきに列車が走っていて、無人駅も少なくない。

山陽本線 小野田-宇部/山陽本線普通3342M/115系C-41編成
少し寂れた駅が散見される中、宇部や小野田の駅は少し違った雰囲気で好ましい。これらの駅は小さいながらに貨物の取り扱いがあり、いかにも支線然とした宇部線の分岐があったりや待合室に蕎麦屋が残っていたりするなど、昔ながらの一般駅にあったアクセサリーが一通り揃っているためだろう。初めて訪れた8年前からほとんど変わらない駅構内をしげしげと見まわしていると、8年前とほとんど変わらない出で立ちの115系がやってきた。227系の投入を控え、車両面での変化は避けられないようだが、この駅の雰囲気はまだ長生きしてくれそうだ。

Just before night, 117.


日没後、黄昏の時間もすぎて頃の電車区にグラデーションをまとった117系が佇む。

伝統の関西急電色に代わったこの塗装はサンライナーのために用意された。

JR化直後にサンライナーを設定した岡山支社の意気込みを感じさせる鮮やかな専用塗装だ。

しかしそれももう20年以上前の話。今は黄色い簡略塗装に塗られる日を待っている。

サロンカーなにわ


サロンカーなにわは1983年の登場。今年で満30年を迎えた。

いまではJR初期を飾った客車ジョイフルトレインの雄姿を今に伝える貴重な存在。

それゆえかPFとのごくありふれた組み合わせも特別なものとして映る。

汽車會社・1964


山陽本線を東進する列車が広島を出てすぐにさしかかる長い上り坂。

今でも貨物列車は麓の瀬野から八本松のサミットまでは補助機関車の手を借りている。

EF59のあとは広島機関区のEF67が長らくセノハチに君臨したが、ようやくお役御免。

1964年にEF60 88として新製されて以来半世紀の力走もあと少し。

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